「転んで骨折しなかったから大丈夫」と安心していませんか?実は65歳以上のシニア世代では、骨が折れていないのに神経(脊髄)が深く傷つく恐ろしい事態が増えています。

これを「非骨傷性脊髄損傷(ひこっしょうせいせきずいそんしょう)」と呼びます。
通常の脊髄損傷は、大きな事故で骨が折れて神経が傷つきます。しかし非骨傷性脊髄損傷は、骨折や脱臼がなくても発生します。交通事故や高所からの転落といった大きな衝撃がなくても、日常生活のわずかな衝撃で起こるのが特徴です。
現在、日本では年間約2,100人が首の非骨傷性頸髄損傷を発症しており、高齢化に伴い今後も増加が見込まれています。
本記事では、健康長寿を守るために知っておいていただきたい情報を詳しく解説します。
なぜ「骨折なし」でも脊髄が傷つくのか?
加齢による首回りの変化
若い頃は、首が強く反り返ったり転んだりしても、脊髄が傷つくことはほとんどありません。しかしシニア世代になると発生しやすくなります。その理由は「加齢による首回りの変化」にあります。
脊柱管の狭窄
背骨の中には、神経(脊髄)が通る「脊柱管」というトンネルがあります。加齢により、椎間板が潰れて飛び出したり、骨棘(こつきょく)ができたり、靭帯が厚く硬くなったりして、このトンネルが狭くなります。

代表例として「変形性頸椎症」「脊柱管狭窄症」「後縦靭帯骨化症」などがありますね。
なぜ危険なのか
神経の通り道が狭くなっている状態で、転倒などで頭部や首に衝撃が加わると、神経の逃げ場がなくなります。骨や靭帯に挟まれて脊髄が深刻なダメージを受けてしまうのです。つまり、もともとトンネルが狭い方ほど、日常の「ちょっとした転倒」が命取りになる危険性が高いのです。
日常生活に潜む危険な場面
では、どのような時に受傷するのでしょうか。日本の研究データによると、原因のトップは「転倒(38%)」と「転落(38%)」です。交通事故(18%)よりも、自宅での何気ない転倒や作業中の事故、飲酒後のふらつきによる受傷が目立っています。
顔から転んだり、尻餅をついた程度の衝撃、つまずき、首を後ろに強く反らせすぎただけでも発症することがあります。高齢者にとっては、若い人なら問題にならないような「軽い衝撃」で起こりやすい点をしっかり覚えておいてください。
見逃してはいけない前兆サインと主な症状
非骨傷性脊髄損傷は、急に重い麻痺が出る場合と、手足のしびれや歩きにくさが徐々に進行する場合があります。特に首の部分(頸髄)で起こることが多く、代表的なタイプは次の2つです。
中心性頸髄損傷(最も多いタイプ)
シニア世代に最も多いタイプで、脊髄の中心部分がダメージを受けます。足は比較的保たれて歩けるのに、手や腕の症状が強く出るのが特徴です。
- 手先の不器用さ(巧緻運動障害): 箸がうまく使えない、ボタンが掛けられない、字が下手になったなど。
- 感覚・運動の異常: 両手がしびれる、ビリビリ痛む、温度を感じにくい、力が入らないなど。
全体的な損傷・その他の症状
- 下半身の症状: 小刻みに歩くようになる、階段では足元を見ないと怖くて降りられない、歩きがたどたどしいなど。
- 自律神経の障害: 尿意を感じにくい、尿が出しにくい、便秘が悪化するなどの「膀胱直腸障害」が起こることもあります。

「ただの年のせい」「ただのしびれ」と自己判断せず、早めに気づくことが大切です。箸が使いにくい、歩くとふらつくといった「前兆サイン」があれば、すぐに整形外科を受診してください。

受傷時の治療法とリハビリの重要性
万が一受傷した場合、早期の対応がその後の回復を大きく左右します。
- 保存療法: 軽症の場合は、頸椎カラーなどで首を固定し、安静を保ちます。脊髄のむくみを抑える薬を投与しながら、経過を見て回復を目指します。
- 手術療法: 麻痺が重い場合や、もともとの狭窄症がひどい場合は、早期に神経の圧迫を取り除く手術(除圧術や椎弓形成術など)を検討します。国内外の専門家も、早期手術が麻痺の改善に有効だと推奨しています。
- リハビリと最新治療: 高齢者は神経の回復に時間がかかるため、早期リハビリが欠かせません。関節が固まるのを防ぎ、筋力の回復を促します。最近では、骨髄幹細胞を用いた再生医療とリハビリを組み合わせた治療を行う施設も出てきています。

命と生活を守る!今日からできる4つの予防策
非骨傷性脊髄損傷は、予防が最も重要です。シニア世代の転倒の多くは、住み慣れた家の中で起こっています。以下の4つのポイントを今日から実践しましょう。
家の中の転倒予防を徹底する
- 廊下・階段・浴室・トイレに手すりを設置する
- 段差(敷居など)をなくし、カーペットやラグの端を固定する
- 夜間のトイレへの道にセンサーライトや足元灯を設置する
- 浴室に滑り止めマットと専用の椅子を用意する
足腰の筋力とバランスを保つ
転ばない体づくりが大切です。ウォーキング、壁に手をついた軽いスクワット、片足立ちなどで下半身の筋力とバランス感覚を維持しましょう。
定期検査でリスクを把握し、正しい姿勢を保つ
健康診断で定期的に頸椎の検査を受け、神経の通り道が狭くなっていないか確認しましょう。自分のリスクを「見える化」しておくことが一番の予防です。また、長時間のスマホ操作や猫背を避け、背筋を伸ばした正しい姿勢を保つことで首への負担を減らせます。
飲酒時や外出時は特に注意する
アルコールは平衡感覚を鈍らせ、転倒のリスクを大きく高めます。飲酒後の移動、階段の上り下り、段差のある場所では過信せず、いつも以上に慎重に行動してください。
※ この記事の内容をわかりやすくまとめた動画もご用意しています。ぜひ併せてご覧ください。

おわりに
脊髄は脳と同じ中枢神経であり、一度損傷を受けると自己修復が非常に困難な組織です。深い傷を負うと、完全に元の状態に戻ることは難しいのが現実です。

特に高齢者の場合、たった一度の転倒が予想もしなかった重度の麻痺を引き起こし、自立していた生活が一変して寝たきりになるケースも珍しくありません。
「骨折していないから大丈夫」「見た目に怪我がないから問題ない」という安易な思い込みこそが、最も危険な落とし穴です。
日常生活では常に安全を最優先に行動しましょう。手足のしびれ、動かしにくさ、歩行時の違和感といった小さな異変を感じたら、「年のせい」と自己判断せず、速やかに専門医(整形外科)を受診してください。この迅速な行動が、ご自身の健康長寿と、ご家族との豊かな日常を守ります。

この記事は一般的な健康情報の提供を目的としており、医学的な診断や治療の代わりとなるものではありません。症状や不安がある場合は、必ず医療機関で医師の診察を受けてください。
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