シニア世代に顕著な視力変化
年齢を重ねるごとに、私たちの体はさまざまな変化を経験します。視覚能力も例外ではありません。加齢に伴う目の機能の低下は、特にシニア世代において顕著です。シニア世代では、視力検査で測定される「静止視力」だけでなく、運転や日常生活の安全に直結する動体視力、夜間視力、水平視野といった重要な視覚機能が徐々に衰えていくことが、多くの研究で明らかになっています。
こうした年齢とともに衰える視覚能力の変化について、シニア世代は十分な理解と自覚が必要です。特に運転では、視覚能力の低下を考慮し、一層の安全運転が欠かせません。重大事故を起こし加害者となった場合、法的責任、経済的負担、精神的ストレスなど、その後の人生に大きな影響を及ぼす可能性があります。
視機能の低下は、交通事故の原因となるだけではありません。日常生活でも、段差の認識の遅れや動く物体との距離感の誤認により、転倒や衝突といった予期せぬ事故を引き起こすリスクが指摘されています。
この記事では、70歳以上の方に義務付けられている運転免許更新時の高齢者講習に向けて、視覚能力の変化とその原因を詳しく解説し、適切な予防法や対処方法について考察します。

シニア世代の視力変化の原因
視機能の衰えは、主に以下の要因が複雑に絡み合って起こります。
加齢による眼球の構造的変化
- 水晶体の変化: 加齢により水晶体は硬くなり、弾力性を失って厚みが増します。これにより、近くのものにピントを合わせる「調節機能」が低下し、老眼となります。また、水晶体が濁る白内障により、視界がかすんだり、まぶしさを感じたり、特に夜間の視力が低下したりします。
- 瞳孔の変化: 虹彩の筋肉が衰えることで、瞳孔が小さくなりがちです(老人性縮瞳)。その結果、暗い場所での光の取り込みが減少し、夜間視力や暗順応(暗闇に目が慣れる能力)が低下します。また、明暗の変化への対応も遅くなります。
- 網膜・視神経の変化: 網膜の視細胞(暗所で働く「桿体細胞」や、色の識別・動体視力を担う「錐体細胞」)の機能低下や減少が起こります。また、網膜からの情報を脳へ伝える視神経の機能も衰えていきます。
- 硝子体の変化: 眼球内のゼリー状の硝子体が液化して混濁することがあります(飛蚊症)。これは直接的な視力低下には繋がりませんが、視界の妨げとなることがあります。

加齢とともにさまざまな眼疾患が発生しやすくなります。特に白内障は高齢者に多く見られますが、現代の手術技術により完治が可能な疾患です。
脳の視覚情報処理能力の低下
目から入った情報は視神経を通って脳へ送られ、これにより「見る」ことが可能になります。加齢により脳の神経細胞の機能が低下すると、視覚情報を処理する認知機能も衰えていきます。
- 動体視力への影響: 動くものを目で追跡し、その動きや速度を判断する能力は、眼球の動きと脳の処理能力が密接に関連しています。脳の処理速度が低下すると、動く物体を正確に捉えることが困難になります。
- 夜間視力への影響:加齢とともに夜間視力は低下します。網膜の桿体細胞と瞳孔の調節機能が衰えるため、暗い場所での物の認識が困難になり、夜間の運転や歩行に支障をきたすことがあります。
- 水平視野への影響: 広範囲からの視覚情報を同時に処理し、危険を察知する能力も影響を受けます。脳の注意機能や情報統合能力が低下すると、視野の周辺部にある情報を見落としやすくなります。
その他の要因
- 目の病気: 加齢黄斑変性、緑内障、糖尿病網膜症などのシニア世代に多い眼疾患は、視野欠損や視力低下を直接引き起こします。
- 生活習慣: 不規則な生活、栄養不足、喫煙、過度な飲酒は、目の健康を損なう原因となります。
- 基礎疾患: 糖尿病や高血圧などの全身疾患は、目の血管や神経に悪影響を及ぼし、視力低下のリスクを高めます。
- 薬の副作用: 一部の薬剤には、視機能に影響を及ぼす副作用があります。
各視機能の衰えとその影響
これらの原因により、特に以下の視機能がシニア世代で顕著に衰えてきます。
- 動体視力(DVA):動くものを見る能力のことです。加齢により、動きの方向や速さの判断が難しくなり、運転時の判断に影響を及ぼします。
- 夜間視力・暗順応:暗所での視認性が低下し、明暗の環境変化への適応が遅くなります。これにより、夜間運転や暗所での事故リスクが高まります。
- 水平視野:加齢により周辺視野が狭くなり、視野端の情報処理が低下します。その結果、交差点での車両や歩行者の認識が遅れる可能性があります。

シニア世代の視覚能力は加齢とともに低下します。個人差は大きいものの、日常生活や運転時に自覚症状を感じることが多くなるため、適切な予防と対策が重要です。
視力低下に対する予防策と対策
シニア世代の視機能の衰えを完全に防ぐことはできませんが、適切な予防と対策により、その進行を遅らせ、安全な日常生活や運転を維持することができます。
医療機関での定期的な検査
- 眼科検診:年に一度は必ず眼科を受診し、視力検査に加えて、眼圧、眼底検査、視野検査を受けましょう。白内障、緑内障、加齢黄斑変性、糖尿病網膜症などの早期発見・早期治療が、視力低下の予防に最も重要です。
- 全身疾患の管理:糖尿病や高血圧などの基礎疾患がある場合は、内科医と連携して血糖値や血圧を適切にコントロールすることが、目の合併症予防に不可欠です。
生活習慣の改善
適度な運動・十分な睡眠・禁煙・節酒は、目の休養や回復を促し、目の健康を維持します。また、以下のバランスの取れた食事から目に良い栄養素を積極的に摂取しましょう。
- ルテイン・ゼアキサンチン:網膜の黄斑部に多く存在し、活性酸素から目を守る色素です。ほうれん草、ケール、ブロッコリーなどの緑黄色野菜に豊富です。
- アントシアニン:網膜の機能維持を助け、眼精疲労を軽減します。ブルーベリー、ビルベリー、ナス、紫キャベツなどに豊富です。
- ビタミンA(β-カロテン):網膜の光受容細胞の働きを助けるなど、夜間視力に大切です。レバー、うなぎ、にんじん、カボチャなどに豊富です。
- ビタミンC・E、亜鉛:抗酸化作用により目の老化を防止します。果物、ナッツ類、魚介類などに豊富です。
目への負担軽減とトレーニング
- 適切な照明:読書や細かい作業時は十分な明るさを確保し、夜間は眩しすぎない暖色系の間接照明を活用して目の負担を軽減しましょう。
- 紫外線対策:外出時はUVカット機能付きのサングラスと帽子を着用し、紫外線から目を守りましょう。紫外線は白内障や加齢黄斑変性のリスクを高めます。
- 目の休息:パソコンやスマートフォン使用時は、20-20-20ルール(20分ごとに20フィート先を20秒見る)を実践し、定期的に目を休ませましょう。

- 目の体操・トレーニング:簡単な目の体操や動体視力トレーニング(動くものを追う練習、スポーツビジョンアプリの活用など)を取り入れてみましょう。ただし、効果には個人差があります。
おわりに
シニア世代における動体視力、夜間視力、水平視野の衰えは、加齢に伴う自然な変化ですが、その原因を理解し、適切な対策を講じることで、安全で質の高い生活を維持することが可能です。
定期的な眼科検診と全身疾患の管理、バランスの取れた食事、禁煙・節酒といった健康的な生活習慣は、目の健康を守る上で基本となります。さらに、日々の生活で目を休ませ、必要に応じて安全運転のための工夫を取り入れることで、シニア世代が安心してアクティブな生活を送るための基盤を築くことができます。
ご自身の目の状態を正しく認識し、無理のない範囲で積極的にケアしていくことが、何よりも大切です。特に、シニア世代が安全な運転を行っていく上、一定以上の視覚能力を維持していくことが不可欠です。
このような対策を講じても運転に不安を感じる場合や、家族から指摘を受ける場合は、公共交通機関の利用を検討し、運転免許の自主返納も視野に入れることが、ご自身と社会の安全に繋がる重要な選択肢です。

シニア世代は、加齢による視力の衰えを自覚し、積極的な予防と対策に取り組むことが重要ですね。
【参考情報】

