脊髄は背骨内の神経束で、脳と体の間の情報伝達を担います。脳からの運動指令を体に送り、体からの触覚・痛覚・温度感覚を脳へ伝える、中枢神経系の重要な通信経路です。
脊髄損傷を受けると、損傷部位より下の領域で運動・感覚機能に障害が生じます。これにより手足の動きや感覚の喪失、排泄コントロールの困難、さらに体温・血圧調節機能への影響が現れることがあります。
脊髄損傷の多くは、非外傷性脊髄損傷、特に脊柱管狭窄症によるものです。これは加齢により脊柱管が狭くなり脊髄が圧迫される病態です。外傷性と異なり、急激な麻痺ではなく症状が徐々に進行します。軽微な初期症状から日常生活に支障をきたすレベルまで悪化するため、早期発見と適切な対処が重要です。
本記事では、加齢に伴いシニア世代に増えている脊髄損傷について、その種類や特徴、予防法や治療法を解説します。また、日常生活における注意点や、脊髄損傷を持つ方のリハビリテーション方法、主要な治療アプローチについても触れていきます。
高齢化社会において、健康で自立した生活を長く維持するための参考にしていただければ幸いです。
脊髄損傷の種類と特徴
脊髄損傷は、大きく外傷性と非外傷性の2つに分類されます。加齢に伴い増加しているのは、主に非外傷性の損傷です。
非外傷性脊髄損傷
非外傷性脊髄損傷の代表的な原因は以下の通りです。
脊柱管狭窄症
- 特徴: 骨や椎間板、靭帯などの変性によって脊柱管が狭くなり、脊髄が慢性的に圧迫されて生じます。
- 主な症状: 手足のしびれや痛み、筋力低下、歩行障害、排尿・排便障害など。症状はゆっくりと進行し、階段の昇り降りや長時間の歩行が困難になることがあります。

後縦靭帯骨化症(OPLL)
- 特徴: 脊椎骨の後ろにある後縦靭帯が骨化し、肥厚することで脊髄が圧迫されます。
- 主な症状: 脊柱管狭窄症と類似していますが、骨化が進行すると急激な麻痺や感覚障害を引き起こすこともあります。
脊髄腫瘍
- 特徴: 脊髄やその周辺に腫瘍が発生することで脊髄が圧迫され、神経機能が障害されます。
- 主な症状: 腫瘍の位置によって異なりますが、手足の麻痺、感覚障害、痛みなどが徐々に現れます。

非外傷性脊髄損傷で最も患者数が多いのは脊柱管狭窄症です。この疾患は加齢により骨が変形し、脊柱管が狭くなることで様々な症状を引き起こします。
外傷性脊髄損傷
物理的な衝撃や圧迫によって脊髄が損傷するタイプです。
頸髄損傷(けいずいそんしょう)
首の部分の脊髄が損傷するもので、手足の麻痺(四肢麻痺)が出やすく、呼吸機能にも影響することがあります。高齢者では転倒して顔や後頭部を打ち、頸椎骨折を伴って発症するケースが多いです。
胸髄損傷・腰髄損傷
胸から腰の脊髄が損傷するもので、下半身の麻痺(対麻痺)や感覚障害、排尿・排便障害が主な症状です。高齢者では階段や脚立からの転落、交通事故などが主な原因となります。
中心性頸髄損傷
頸椎の中央部分だけが損傷するタイプで、高齢者に多く見られます。手の麻痺が強い一方、脚は比較的動くことが特徴です。骨の変形(変形性頸椎症)や靭帯の肥厚で脊髄が狭くなった状態では、軽い転倒でも発症することがあります。
脊髄損傷の予防法
高齢者の脊髄損傷を予防するには、日常生活での注意と体のケアが重要です。
転倒防止:外傷性の最大要因
- 環境整備: 床の段差をなくす、手すりを設置する、滑りにくい床材にするなど、家の中を安全な環境に整えましょう。
- 運動習慣: 筋力やバランス感覚を維持するために、散歩やストレッチ、軽い体操などを日常的に行いましょう。
- 靴の選択: 安定感があり歩きやすい靴を選びましょう。
姿勢の改善:正しい姿勢
猫背や前かがみの姿勢は、首や腰に負担をかけ、脊椎の変性を早める原因になります。 背筋を伸ばし、顎を引いて座る・立つことを意識しましょう。
適切な栄養:骨粗しょう症予防
カルシウムやビタミンDを積極的に摂取し、骨の強度を維持しましょう。定期的な骨密度検査を受け、必要に応じて薬物治療を検討しましょう。
早期発見と早期治療:定期的な健康診断
首や腰の痛み、手足のしびれなどの症状があれば、早めに医療機関を受診しましょう。高血圧・糖尿病・動脈硬化の適切な管理で脊髄梗塞のリスクを下げるなど、早期発見により症状の進行を抑えることができます。
脊髄損傷の治療法 🩺
脊髄損傷の治療法は、損傷の種類や重症度によって異なります。
保存療法
- 対象: 症状が比較的軽度で、脊髄への圧迫が軽度な場合。
- 治療内容: 薬物療法(痛みやしびれを和らげる)、リハビリテーション(筋力維持、関節可動域の改善)、装具療法(コルセットなど)。
手術療法
- 対象: 脊髄への圧迫が強く、症状が進行している場合、または保存療法で効果が見られない場合。
- 治療内容:
- 除圧術: 脊髄を圧迫している骨や靭帯を取り除き、脊髄の圧迫を解放します。
- 固定術: 不安定な脊椎を金属製のネジやプレートで固定し、安定させます。
- 椎弓形成術: 脊椎の骨の一部を削り、脊柱管を広げる手術です。
リハビリテーション
リハビリテーションは手術後や保存療法と並行して不可欠です。適切なプログラムは患者の生活の質を向上させる鍵であり、個々の状態に合わせた専門的アプローチが必要です。
- 目的: 失われた機能を回復させ、残された能力を最大限に引き出すこと。また、二次的な合併症を予防し、日常生活における自立度を高めることも重要な目標です。
- 内容: 運動療法(筋力強化、バランス訓練、関節可動域の維持・改善)、作業療法(日常生活動作の訓練、自助具の活用方法)、物理療法(温熱療法、電気刺激療法)、そして必要に応じた心理的サポートも含まれます。
おわりに
加齢に伴うシニア世代の脊髄損傷は、脊柱管狭窄症のような変性疾患が主な原因であり、症状がゆっくりと進行することが特徴です。これらの変性疾患は、長年の脊椎への負担や自然な老化プロセスによって引き起こされ、神経組織への圧迫が徐々に増すことでさまざまな症状が現れます。
また、高齢者では転倒による外傷性脊髄損傷も多発します。バランス感覚の低下や筋力の衰えにより転倒リスクが高まるためです。予防には、転倒予防のための安全な家庭環境づくりや適切な運動習慣、そして早期発見のための定期的な健康チェックが重要です。

日常生活では、軽微な症状も見逃さないよう注意しましょう。
治療法は症状の重症度に応じて、保存療法または手術療法が選択されます。どの治療法においてもリハビリテーションが機能回復と生活の質向上に不可欠です。リハビリプログラムは個人の状態に合わせて調整され、段階的な回復を促します。
これらの知識を深め実践することで、高齢者がより安全で質の高い生活を送るための重要な基盤となります。また、家族や介護者にとっても、脊髄損傷への理解を深めることは、適切なケアと支援を提供するために非常に重要です。
予防と早期対応を心がけ、必要に応じて専門家の助言を求めることが、健康寿命の延伸につながります。
《 参考情報 》

